かつては梅花の宴が盛んだった!?万葉集に見る梅のお花見!

現代では花見と言えば「桜」が有名です。
ただ、歴史を遡ると、日本では花見と言えば「梅」を指すという時代もありました。
そもそもお花見というのは奈良時代に貴族が梅を観賞して楽しむことからスタートしています。
このように、かつては梅の花と人々の生活が結びついており、日本最古の和歌集である「万葉集」には梅に関する和歌が110首ほど読まれています。
では、万葉集にはどのような梅の歌があるのでしょうか。
今回は万葉集にある梅の歌を紹介していきたいと思います。

①我が園に 梅の花散る ひさかたの 天より雪の 流れ来るかも
大伴旅人
意味:私の庭に梅の花が散っている。天から雪が流れてくるのだろうか。

こちらは九州の太宰府に赴任していた大伴旅人が詠んだ歌になります。
これは万葉集の「梅花の歌三十二首」という中で読まれたものです。
大伴旅人の家にみんなで集まって宴をしていた最中に詠まれたもので、参加した人がそれぞれ詠んでいますが、主催者である大伴旅人のこの和歌が特に有名な梅の歌として知られています。
当時の和歌には梅と雪を組み合わせたものが多くありました。これは中国の漢詩に落花を落雪のように見ている詩が多くあり、その影響で梅の花が散る風景と雪が降る様子と掛け合わせて風流に詠んでいますね。
ちなみに、「梅花の歌三十二首」の序文に元号「令和」の語源となっている説明部分が登場しており、現代にもつながっている部分になります。

②梅の花 散らくはいづく しかすがに この城の山に 雪は降りつつ
大伴百代
意味:梅の花が散るとはどこのことだろうか。とはいえ、この城の山に雪は降り続けている。

こちらは先ほどの大伴旅人の和歌をふまえて詠まれた和歌になります。
この宴は正月頃開催されたとされています。
時期的にはまだ梅の花が散る頃よりも早かったため、前半部分のように詠んだのでしょう。
これはお酒の入った宴の中で、大伴百代が滑稽さを表すためにこう表現したと思われます。
旅人の和歌に答えつつ、茶目っ気で返歌を行うことで場を盛り上げようとしたのでしょう。

③春されば まづ咲くやどの 梅の花 独り見つつや 春日暮らさむ  山上憶良
意味:春になるとまず最初に咲く梅の花を、一人で見ながら春の日を暮らすことなどできるでしょうか。
こちらは有名な歌人・山上憶良が同じ歌の宴で詠んだ歌です。
梅の歌をたった一人で見て楽しんでも意味はないことを詠んでいます。
この宴のようにみんなで集まって過ごす時間を喜んでいる和歌になります。

このように万葉集では多くの梅の歌が登場し、梅を観て楽しんでいたことが伺えます。
まもなくすると梅の花が咲く季節になってきますので、皆さんも是非梅の花の鑑賞をしてみてください。